新緑を吹き抜ける風薫る5/26(火)、第8回目のソーシャルカレッジ
『煎茶入門』が開催されました
講師は佃 一茶菴宗家宗匠の佃 一輝様
谷町筋を少し入った一茶菴宗家の門をくぐると不思議の世界の始まりでした
まずは控えの?座敷にて和みつつ少しお話を伺います

人が寄ると話題は他人の悪口や噂話がつきぬもの、そんな俗を忘れる為に
茶席での美術鑑賞が始まったとか・・・などと言いつつ壁のお軸に気を引きます
今日のお軸はなにやら水魚がそれぞれの趣でサラサラと描かれたものです
あれこれと想像しつつ、落ち着いたところで奥の間へ
我々が普通持つ『茶席』、『茶室』のイメージはおそらく皆さん抹茶のことなのですね。
古い倉を改装してしつらえられたその『書斎』は想像に無い全くの異空間でした。

唐風の様でいて、それだけでも無いような・・・何とも神仙がそこにいるかのごとき
非日常空間。その非日常というのがどうも狙いのようです。
まだ個室という空間の無かった時代に中国からお茶がもたらされ、それを楽しむ為の
『書斎』というプライベート空間が生まれ、そこで世俗と離れ個に遊ぶ・・・
この、『個に遊ぶ』というのが煎茶の楽しみらしいのです。
面白いことに煎茶の世界は『もてなし』では無いとのこと。自らが楽しみ、共に味わう。
静寂でなく亭主と客との語らいもあり、また客同士の語らいも許されるという。
作法はなく『マナー』があるのみ。
案外この『マナー』が私のような俗物にはクセモノなんですが・・・
さて、煎茶は夏目漱石をして「喉にくだるべき液は一滴もない」と言わしめた程
なるほど、普段の我々の飲むお茶の概念とはおよそかけ離れたものでした。
小さなその茶器に注がれた滴は今までに口に含んだことのない味と香りと
広がりでありました。また、一煎入れる間の会話の流れに漂う面白さと言ったらありません。
煎茶が大阪文化人に依って見いだされ、育てられ、守られてきたからなのでしょうか。
軸を語り、想像し、またしつらえを見て語り、空想に遊ぶ。

そうこうとりとめなく時が流れる中で通常六煎ほど味の変化を楽しむのだという。
今回はさすがに初体験な上、夜の会と言うこともあり、あまり研ぎ澄まされては
興奮の中今日が終わらなくなってしまうので三煎目を楽しんだところでお開きとなりました。
今回煎茶が大阪都市文化であったことを初めて知り、俗でも雅でも無い独特の
文人文化である真の『大阪文化』に触れ、離俗に漂う不思議空間を満喫した。
ちなみに煎茶人は誠に雑学の宝庫。
泉のように湧き出る話とそんな知識あふれるご自身のお話を少しちゃかすような口振りの
宗家が何とも愛らしくとても魅力的であったと誰もが感じたことでしょう。
またの機会があるといいですね。。。
(文:萬代)








